2012年01月12日

リペ島へのアクセス、その2

手元にリペ島のパンフレットがある。
シタビーチリゾートに泊まった際、レセプションに置いてあったものだ。


もう必要ないので捨てようとしたところ、ふと手が止まる。
今は必要なくても、この先役立つかもしれない。


リペ島の情報はwebで検索すると結構見つかるが、正確性となると心もとない。
自分で調べていて、発着場所、発着時間、所要時間が今ひとつ分からなかった。


一方、現地へ行って分かったことは、複数の会社が独自に運行をしているということ。
また、予定どおりには、なかなかいかないということだ。


オンシーズは臨時便も出ているようで、そうした情報は現地でないと分からない。
自分の場合、朝バンコクを発てば、その日のうちに着くだろうと判断した。


緻密な計画を立てても意味はないが、それでも目安くらいになるのではないか。
そう考え、捨てる前に写真を撮り情報だけは残すことにした。
機会があれば、何かの役に立つかもしれない。

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2012年01月02日

パタヤ・コップンカ

昨晩、中途半端な時間に目が覚めてしまった。
その後よく眠れなくなってしまい、7時に起きる。

朝早く何もすることがないのでレストランへ行くと、日本人しかいない。
皆さん、早起きである。

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個人旅行者が多いホテルとは聞いていたが、4人がけのテーブルに1人ずつ日本人が座っている。
その黙々と朝食をとっている光景は異様だ。
もっとも、自分自身そのうちの1人になってしまったのだが。

窓際のテーブルに座りコーヒーを飲んでいると、「コップンカ、コップンカ」という音が聞こえてきた。
まったく抑揚のない発音を聞いて、どこかでオウムが人の言葉を真似ているのだろうと思い、やりすごす。

しかし、またしばらくすると「コップンカ」、「アロイ」、「ファット・タイム」という声が聞こえたため、周囲を見回す。
声のする方角には、中年おじさんが現地調達とおぼしき元男性の女性を連れ、食事をしている。

すがすがしい朝を、テーブルごとひっくり返されたような気分だ。
個人の自由だし趣味の範疇だと分かっているが、恥ずかしくないのだろうか。
まあ恥ずかしくないのだろう、きっと。
こてこての関西弁と完全カタカナ発音のタイ語で、よく意思疎通できるものだと感心する。

日中はビーチで読書。
その後、マッサージへ行き、ランドリーを受け取り、夜はsoi5にある和食の店「姉御」へ出かけた。
正月のため、無料で熱燗が1本付いた。

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2012年01月01日

パタヤ・ロシア人パワー

夜、ウォーキングストリートから海に突き出した海鮮料理屋で食事する。


「まったくいやになっちゃう。彼らは「ハウマッチ」と「ディスカウント・プリーズ」しか言わないんだから。」


目の前には、南パタヤのアクセサリーショップで働く従業員が座っている。
BigCという大型スーパーでは、客がロシア人ばかりだという話だ。


「この時期お客さんがたくさん来るでしょう?店は夜中の12時まで開いていて、1日12時間も働かなくちゃならないから、疲れてうんざり。」


「英語で話しかけられても何を言ってるか分からないから、電卓でお金を示すだけ。」
この後、冒頭の発言が続く。


「ディスカウント・プリーズて言ったって、どこまでも値段が下がる訳ないじゃない。」
仕事の愚痴とも言える内容を早口でされるため、自分のタイ語能力では50%程度しか理解できない。
それにもかかわらず、ずっとタイ語を浴びせられる。


頭が疲れ麻痺してくるので、しまいには聞き取れた単語をそのままオウム返しに発話し、まるで内容を確認しているかのようなそぶりに切り替えた。
それでも会話は続く。


「パタヤの物価は高いっていうけど仕方のないこと。店で仕入れたものを、例えばバンコクで売る場合は利益が20B。でもパタヤで売ると利益は60Bになってるんだから。」
なかなか興味深い話である。


アルコールが入ると更に話すスピードが上がるので、理解度は20%程度に低下する。
したがってこれ以上何を話したか全く分からないし、憶えてもいない。


隣はインド人グループのテーブルで、ロブスターやカニなど高額な料理が次々と運ばれてくる。
BRICsのパワーはすさまじい。

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ロイヤルガーデンプラザに置いてあった像、ではなく人





2011年12月31日

パタヤ・Bay walk Residence

ここ最近パタヤへ行く際は、比較的ランクの高いホテルやサービスアパートメントに泊まる場合が多い。
パタヤは競争が激しく、値段に比べ上質なサービスが受けられるからだ。


しかし年末年始のピークシーズンは、普段泊まるような場所は手が届かない金額になってしまう。
逆に払うことはできても、それだけの価値はないと思いやめてしまうホテルもある。


そうした中、ベイウォークレジデンスは立地がよく、値段も1泊2,700Bと手頃なので、今回初めて泊まることにした。


確かに立地は良いといえなくもない。
しかし、夜中を過ぎて明け方までうるさい。

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部屋も新しくて良いのだが、これまで泊まってきたコンラッドやトレーダースに比べ遙かに見劣りする。
この点ホテルのグレードが違うので仕方ないとしても、客層の悪さは如何ともしがたい。
自分の周囲にタイ愛好家は多数いるが、このホテルに泊まっているような、見た目も言動も下品な人はいない。


遠心分離器で下品な人だけより分け、ホテルに宿泊させた感じだ。
他人が何をしようと構わないが、それでも、そのお下劣な会話をそのボリュームで話す必要があるのかと首をかしげてしまう。


したがって、そういう人間が自分の視界に入らないように過ごすことになる。
もう泊まることはないだろう。

2011年12月30日

パタヤ・Bell Travel

ホテルをチェックアウトし空港へ向かう。
空港までは7,000キップ。
ベルボーイに行き先を告げると、タクシーを呼んで値段交渉もしてくれる。
こうしたサービスはありがたい。

空港では、停電のためしばしばチェックインがストップし、遅々として進まない。
早めに出て正解だった。


スワンナプーム到着後は、パタヤまでBell Travelを利用する。
宿までのドロップオフサービスを含め、料金は200B。
安くて良いのだが、バスの車内はインド人ばかりである。


差別するわけではないが、彼らは人と人との距離が近く、見ているだけで暑苦しい。
隣に座ったインド人は肘掛けから肘を大きくはみ出させ、足も大きく開いて座るので、実際に暑苦しい。
おまけに体臭がきつい。
ピークシーズは利用しないほうが良さそうだ。


到着後は、セントラルデパートへ水(ペリエ)やつまみを買いに出かける。
移動で疲れたため、夜はホテル近くのバーで酒を飲み、早々に就寝。

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2011年12月29日

ヤンゴン・観光

ヤンゴンでは、トレーダースを宿にした。
立地がよく、ボージョーアウンサンマーケットやスーレーパゴダは徒歩圏内である。
また、高層のため見晴らしがよい。
経年による古くささは否めないが、サービスはしっかりしている。

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午前中はマーケットを見て回り、午後、夫妻と合流し国立博物館へ行く。
館内は停電していて薄暗い。
知人は義憤に耐えかね、
「なぜ日本語の解説がないのか、こんな場所が停電したら意味ないじゃないか。」
などと苦情を言い立てる。
ところが、「こうした場所では静かにするように」と注意されてしまったそうだ。
この博物館の一押しは、「獅子の玉座」と呼ばれる巨大な王座である。
近世ビルマの隆盛がしのばれる。

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その後、アウンサン将軍の像を見にカンドーヂー湖へ行く。
周囲は公園になっていて、デートスポットとして有名なのだそうだ。
旦那さん曰く、
「日本と違ってミャンマーにはラブホテルがないから、若者はこういう場所に来るんですよ」
「へえー、ミャンマーにはないんですか。」
「最近は少しあるみたいだけど、昔はなかったんですよ。私もあと20年若ければ来るんですけどね。」
すると後ろを歩いていた知人から、
「2人が何を話しているか分かっているからね。」
とクギをさされる。

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一度ホテルへ戻り、カクテルタイム中のラウンジで、しばし談笑する。
「日本に16年もいたでしょう。ミャンマーに戻ってきたら料理が油っこくて、お米も堅いしおいしくなくて、お腹をずっと壊してたんです。」
隣で旦那さんが、相づちを打つ。
「そう、カイさん(仮名)は、ミャンマー人じゃないみたいだったね。」
「日本に居たくて、ミャンマーには帰りたくなくて・・・。」
「帰る飛行機の中でずっと泣いてたんですよ。」
「でもね、友達が日本料理の店に連れて行ってくれて、そしたら下痢が治ったの。」


油もさることながら、ストレスが大きかったのだろう。
「それなら今日は日本料理を食べに行きましょう。お世話になったお礼もしたいし。」
トレーダースから遠くないパークロイヤルホテルに日本食の店があり、3人で出かけることになった。


刺身を食べ日本酒を飲むと、知人は満足そうだ。
「私はこういう油が少ない料理の方が好きなんです。あとタイ料理も。」
「そう、2人ともタイ料理が好きで、よく行くんですよ。」
「週に1度は、日本食とタイ料理が食べたい。」
知人が旦那さんを見ながら言うと、旦那さんは苦い顔をしている。
ヤンゴンでは、どちらの料理も高価なのだそうだ。


「私もタイへ行ってみたいなあ。」
「そうだ、来年はタイで集まりませんか?カイさん(仮名)は行ったことないから連れて行ってあげたいし。」
と旦那さんが提案する。
「タイならビザが必要なくて行きやすいから、いいかもしれませんね。」
ということで、来年はタイに集合である。
実現すれば、きっと楽しいに違いない。
このレストランの代金は当然自分が払うつもりでいたが、トイレへ立った間に支払いを済まされてしまった。
かえって迷惑をかけてしまったかもしれない。


「この後どうします?下に踊れる所があるけど行ってみます?」
疲れていたが、せっかくのお誘いなので、旦那さんに付いて行った。


店は「The Music Club」というパブのようなディスコのような店で、11時になるとショーが始まる。
まず、ファッションショーのような調子で女性が出てくる。
次に、ダンサーが出てきて踊る。
3番目は、下ネタ歌謡曲を歌うおばさんの独唱。
このセットをもう一度繰り返す。


「ミャンマーにもこういう場所があるんですね。」
「タイにはもっとあるでしょう?」
「でもタイの方が大っぴらな気がします。」
眠くて仕方ないので、これにてお開き。


「あのー、気をつけて帰ってくださいね。」
車を運転する旦那さんに声をかける。
「大丈夫、大丈夫、いつものことだから。」
「そうそう、ミャンマーでは皆お酒飲んで運転してるから。」
そうではなく、事故にならないように気をつけてほしいのだが・・・。
とても楽しい一日だった。

2011年12月28日

ヤンゴン・再会

午前中、ヤンゴンの知人から連絡があったと、日本からメールが届く。
メールに記された番号に電話してほしいとのこと。
今回は再会を諦めていただけに、うれしい便りだ。
電話すると、空港まで迎えに来てもらえることになった。

ヤンゴン空港で再会後、チェックイン前にシュエダゴンパゴダに寄ってもらうことにした。
ライトアップされたパゴダは、圧倒的な存在だ。
さすがはミャンマーが誇るパゴダである。

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ところで、花を持ってお参りすると来世ではハンサムに生まれ変わるとのこと。
自分としては現世利益の方がありがたいが、信心深い人々は来世のことであっても、お参りを欠かさないらしい。
また、パゴダは右回りにして見ること、生まれた曜日によって祈る場所が違うことなど教えてもらった。

チェックインを済ませた後「feel」という名のミャンマー料理の店に連れて行ってもらう。
ミャンマー料理は油っこいが、なかには質の悪い油を使う店もあるらしい。
この「feel」という店は、良質の油を使っているのが売りだそうだ。
竹の子と豚肉を一緒に煮込んだ料理が、とてもよかった。

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夫妻と別れた後、飲みに出かけようとしたところチャットを持っていないことに気がつく。
空港の両替は閉まっていたし、食事はごちそうになったので気づかなかった。
仕方ないので、ホテル内のレストランでミャンマービールを頼む。
ミャンマービールがこれほど美味しいとは思わなかった。

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ライトアップされたスーレーパゴダ

2011年12月27日

バンコク・マンゴツリー

9:00時出発のスピードボートでリペ島を後にする。
しかし出発が30分遅れたり、いくつかの島に寄ったりしたため、パクバラ到着が大幅に遅れた。
元々、14:05発のフライトに間に合わせるため、港から空港までプライベートの車を手配していたのだが、それでも間に合うか微妙だ。

パクバラにはシタビーチの事務所があり、スタッフが港まで出迎えに来てくれる。
最初はのんびり構えていた従業員も、フライト時刻を聞くと顔色を変え、
「ちょっと待ってて、すぐ車を呼んでくるから。」
と慌てて出て行った。

港を出たのが11:45頃、空港には午後1時過ぎに到着した。
車内でwebチェックインも済ませ、ギリギリセーフのはず、だった。
またしても飛行機が遅延。
急いだ意味がない。

バンコクでは、ヒルトン系列のコンラッドに宿泊。
場所は都心だが、移動するには意外と不便である。
チェックイン後、カクテルタイムでワインを5杯飲み「マンゴツリー」に出かける。
ここは職場のタイ愛好家が絶賛していた場所だ。
タイ料理にしては珍しく、味にうまみがある。
特にグンオップウンセンは美味だった。

しかし味は良いとして、サービスは低レベルだ。
冷房が効きすぎのため屋外を希望すると「満席です」の一言。
なぜ事前に尋ねないのだろう。
屋外が空いてなければ、他の店に行く選択肢だってあるはず。
冷房の強さも異常だし、待たせたあげくにこの対応はない。


さらに、料理が一品出されていないことを指摘すると、一言の謝罪もない。
合計額からマイナスしておしまいである。
もう行くことはないだろう。

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コンラッドのカクテルタイム

2011年12月26日

リペ島・マウンテンリゾート

昨日と同じマッサージ屋へ顔を出す。
開口一番、
「今日はご飯(お米)があるからね。」
マッサージを受けに来たのであって、ご飯をいただきに来たわけではないのだが・・・。


ここのマッサージは結構繁盛しており、客が途切れることがない。
自分のマッサージ中にも、
「あと少しで終わるから30分後にまた来てちょうだい。」
とファラン(西洋人)に伝えている。
「大変ですね。」
「でもね、ファランは嫌いなの、日本人の方がずっといい。」
理由は聞かなかったが、ファランの横柄な態度を見ていると何となく予想できる。


「さ、ご飯たべに行くよ。」
「え、でもお客さんが戻ってくるんじゃ・・・」
「ご飯食べなきゃ力が入らないでしょ。早くしないとお客が来ちゃうから、早く。」
おばさんに急かされ、結局今日もご馳走になってしまった。


食後、東屋に戻ってパイナップルを食べていると尋ねられた。
「何処へ行くんだい。」
「今日はサンセットビーチに行ってみようと思うんです。」
「あそこは良いよ。行っておいで。」


途中、村に迷い込んだりしながら、サンセットビーチに建つ「マウンテンリゾート」に到着した。
ここは、文字どおり「マウンテン」に建つリゾートで、高台にレストランがある。
このレストランからの眺めがすばらしい。
空と海と砂浜のコントラストが鮮やかである。
この景色を見ただけで、リペ島に来た甲斐があると思えるほどだ。

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2011年12月25日

リペ島・マッサージ

ピークシーズン中のリペ島には、マッサージ屋がいたるところに出現する。
料金はタイマッサージが1時間300Bと、いくぶん高い。
ただ、そよそよと潮風に吹かれ、波の音を耳にしながらマッサージが受けられる。
島ならではの趣だ。


メインのビーチには東屋に似た建物があり、3人のおばさんが働いている。
マッサージを終えたところで、おばさん達が話し始めた。
「ご飯食べに行くわよ、ご飯。早く早く。」
1人が皆を急かしている。
どうやら昼食に出かけるらしい。
地元の人しか知らない屋台でもあるのかと、尋ねてみた。


「何処へ食べにいくんですか?」
「家に帰るんだよ。あんたも来る?」
「いえ、お店に行くのかと思って・・・」
「いいから一緒に来なさい。ほら、早く早く。」
なんとなくついて行くことになった。


おばさんは東屋の裏手に建つコテージの群れを突っ切り、更に奥へと進んでいく。
コテージの敷地から数十メートル先に小屋があり、そこに寝泊まりしているようだ。
周りはすでにジャングルである。


「さあさあ上がって、ほら、ここに座りなさい。ピー、ご飯(お米)はある?」
「ない。」
「ママー(インスタントラーメン)はあるんじゃない?」
「トムヤム(味)があるわよ。」
「じゃ、ママーでいいじゃない。」
結局、ラーメンをご馳走になった。


年長のおばさんは、さらに何かを茹でている。
「さあ出来たよ、これも食べな。」
なんと、まだ青さの残る小さいバナナを、塩茹でにしたものが出てきた。
少し渋みのある、ふかした芋のような味がする。


「これは初めて食べました。」
「バナナはいくらでもあるからね。」
指さす先をみると、バナナが実っている。
「あっちはパパイヤで、それはマンゴーだよ、日本にもあるでしょ。」
「南の方へ行けばあるけど、普通はないです。」
「え、バナナがないの?パパイヤも?何もないんだね日本は。」


食後は再びビーチに寝転びのんびりと過ごす。
今日はクリスマス。
昨日のイブとは打って変わって静かな夜になった。

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リペリゾートのレストラン、ここは当たり


2011年12月24日

リペ島・ガラディナー

日中マッサージを受けた後、それこそ何もしないで過ごす。
ビーチにできた木陰にゴザを敷き、その上にビーチタオルを重ねる。
後はビールを飲みながらの読書三昧。
視線を移すと、波打ち際のきらめきが目に飛び込んで来る。
つくづく贅沢だ。

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昨日の料理の不味さに辟易したため、夜はホテルのガラディナーに参加する。
リペ島でガラディナーを行うホテルなどあまりないので、敷地の外に立ち見が出る。
その後、夜半になるとビーチに出現する臨時のバーで飲み、就寝。

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夜になると出現するBAR







2011年12月23日

リペ島・Sita Beach Resort

羽田発の深夜便に乗りバンコクに到着。
予想どおり、ハートヤイ行きの便には乗り継げなかった。
そこでトラン行きに変更する。
トランジットに2時間あったが、それでもギリギリだ。
チェックイン出来たのが、搭乗時刻の10分前。
大混雑のセキュリティーチェックを通過し、走って搭乗口に行くと、まさかの遅延。
急いだ意味がまるでない。
出発時間を大きく過ぎて、ようやく搭乗が始まったものの、さらに機内で50分くらい待機。
幸先が良くない。

トラン空港からは、パクバラ行きのミニバンが出ていた。
これは予想外で、てっきり近くのHat Yaoの港へ行くものだと思っていた。
ミニバンは、パクバラ発11時30分のスピードボートに滑り込みで間に合い、予想より早く島に着くことができた。

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宿泊するシタビーチリゾートは、昨年に続き2度目である。
丘の上の方まで拡張されており、新たにシービュースーペリアとデラックスの部屋が設けられている。
そのシービューの部屋まで歩いて登るのはなかなか大変だが、デラックスの眺めは良いと思う。

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夜、波打ち際までテーブルを広げる店が、多数出現する。
ビーチに沿って歩きながら人の多い店を物色し、席につく。
しかし、これが大失敗。
こんなのタイ料理じゃない、と言いたくなるほどの不味さである。
なぜこの店に人が集まるのか不思議だ。

2011年12月21日

旅行前日

何かと慌ただしい。
旅行に出ると太るため、あらかじめ体重を減らすつもりでいた。
しかし余裕がなく、もう前日。
まさに年の瀬である。

23日〜26日 リペ島
27日     バンコク
28日、29日 ヤンゴン
30日〜2日 パタヤ

タイのリペ島は、昨年5月に続き2度目となる。
前回はオフシーズンで閑散としていたが、今回はどんな具合だろう。
また、13年ぶりとなるヤンゴンも楽しみだ。


バンコクではヒルトン系のコンラッド、ヤンゴンではシャングリラ系のトレーダーズに泊まる。
いずれも会員向けフロアで、ちょっぴり贅沢気分が味わえる。
こちらも楽しみだ。

2011年12月05日

リペ島へのアクセス

クリスマス期間中はリペ島へ行く予定である。
そのリペ島へ行くには主として4ルートあり、一番簡単なのはマレーシアのランカウイ島からフェリーに乗る方法である。

ただ、今回はバンコクまでのチケットを既に発券しているため、スワンナプームを経由しハートヤイかトランを目指す方法を選ばなければならない。
(もう1つのルートは出入国管理事務所のあるサトゥンからのフェリー)

このうちトラン行きの便はドンムアン発となるため、ハートヤイまでエアアジアを予約しておいた。8月のことである。
しかし、最近になってバンコク到着時刻が、午前4時半から5時半に変わっていることに気がついた。
アエアジアは6時半出発なので、乗り継げない可能性が高い。
運良く予定より早くバンコクに到着すれば、ギリギリといったところだ。
しかし運に任せっきりでは心もとないので、オリエントタイ航空のトラン行きを新たに予約した。
以前に予約したエアアジアはキャンセルしてもほとんど返金されないので、そのままにしておく。
ハートヤイとトランルートの二股である。

しかし、それでも懸念は残る。
オリエントタイ航空は、洪水の影響でスワンナプーム発着に変更しているのであり、ドンムアンが復旧すれば元に戻るかもしれない。
そうなると、スワンナプームからドンムアンまで移動しなければならず、また乗り継げない問題が発生する。

リペ島には早く着きたいし、乗り継ぎリスクも負いたくないとなると、暗礁に乗り上げてしまう。
りあえず、今は考えるのをよそう。

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